2015年12月29日(火)

純正ATシフトノブの修理 − ともパパさんより

今回は、ともパパさんより、T型の純正ATシフトノブの修理レポートをいただいたので紹介しよう。


エンジンのヘッドガスケット抜けで三途の川に水没したともパパ号の引き上げに成功したばかりですが、最近になってATシフトノブのボタンが戻らなくなってきました。ガングリップ形への換装が主流の昨今ですが、個人的にトンカチ形のノブが好きなので修理をしてみる事にしました。

皆さんのレポート にもあるように、純正品のシフトノブには金属製のバネは入っておらず、ビート板のような材質のクッション材によってバネの代わりをしているようです。このクッション材が劣化ないし変位することでボタンを押し戻す事が出来なくなって、あの残念なスカスカ状態になる事が予想されますが、金属製のバネに置き換える事は不可能なのでしょうか?

社外品で金属製のバネが使用されている物があるよ うですので純正品にも適用できないかと考えたのが事の発端です。社外品は質感も良くて純正同等品の品質のようです。一見して違いは分かりませんが、純正品に比べてノブの大きさが少し大きく金属製のバネが入っています。さらにボタンの長さが短くてプルロッドを引き上げるピンが長いのが特徴です。このノブが入手できればと思って探しましたが、残念ながら右ハンドル用の物を見つける事は出来ませんでした。純正品も既に手に入らない類の部品になって来ていますので、大切に扱って頂ければと思います。


社外品のシフトノブ

まずは構造をチェックします。プルロッドを引き上げるピンは細身のラジオペンチで簡単に引き抜く事ができましたが、ボタンの軸となっているピンは抜けなさそうです。


ボタンの軸となっているピン

プルロッドを引き上げるピンを抜いたらボタンの可動域が若干広がりましたので、その隙間から内部を捜索します。いましたいました、このピンク色の物体が例のクッション材です。コイツを隙間から外に引きずり出してやります。


プルロッドを引き上げるピンとクッション材を外したところ 

どうやらクッションン材は元々ボタンの中間付近に縦の形で入っていたようです。ボタン側に凹みがあり、ノブ側には滑り止めの十字があってその間に詰め込まれていただけのようです。ともパパ号の場合、縦に入っていなければならない物が完全に横向きに倒れていました。


ノブ側の滑り止めの十字

このまま本来の位置にクッション材を詰め直すか、それとも金属製のバネに交換するか悩みます。ボタン側にはバネを仕込む為に丁度良い出っ張りがあるんですが、ノブ側にはバネの座面となる凹みがありません。しかも、ボタン側の出っ張りはボタンを押した際のエンドストッパーの役目をしているようです。


ボタン側の出っ張り

でも、再びクッション材に戻すのも芸がないので、ノブ側にバネの座面となる凹みを掘り込む事にしました。ボタンが外れないので、隙間から細いマイナスドライバーをノミのように当てて、金づちでコンコン叩いて十字部分に切り込みを入れます。凹みが掘れた所に手持ちのバネを入れてみると、カチっと収まりました。バネが少し固い気がしますが、これであのクッション材とはおさらばです♪


バネを入れたところ

実際に取り付けてみるとやっぱり少し固いですねー。筋トレ仕様のノブになってしまいました(笑)。最後に磨いて綺麗にします。・・・・・・・!

なんと、ウッドの表面にヒビが入っているではありませんか!これはショックです。金づちでコンコンやった時の衝撃でヒビが入ったようです(悲)

表面のクリア層まで完全に割れて表面も段差が出来ています。暫くはこのままで乗っていましたが、残念すぎるので代用品を探す事にしました。

以前にガングリップ形へ換装されたDDさんに純正品をお持ちでないかお聞きしたところ、既に手放されているとの事でした。しかし、心優しいDDさんはお心当たりのある方に連絡を取って下さり、Bonbyさんが快く純正品をお譲り下さる事になりました。Bonbyさんは純正品の劣化が酷くなったためにガングリップ形に換装されたそうで、元のノブは捨ててしまう予定だったようです。表面が劣化していてもボタンやピン類は貴重な財産となりますので、大切に活用させて頂きます。また、それと同時にRSGGさんからも純正品をご提供頂ける事になりました。ノブにヒビや割れは無いものの、やはり同じくボタンが戻らなくなった為に金属製バネが入っているタイプに交換されたそうです。Bonbyさん、RSGGさん、本当にありがとうございました!

貴重な右ハンドル用のノブを入手できた今、ここで再び同じ過ちを繰り返す訳にはいきません。シフトノブ内部の形状がどうなっているのかをしっかり調査するためにX線CT装置で非破壊検査をする事にします。当直のタイミングに合わせて職場にノブを持参しました。


SIEMENS社製64列マルチスライスCT装置

しっかりとポジショニングをしてスキャンします。


ノブをセットしたところ

位置決め画像を撮ってから本スキャンに入りますが、呼吸を止めるオートボイスを切るのを忘れないようにします(笑)。


位置決め画像


本スキャン

ボタンの軸となる金属棒が抜けないので、メタルアーチファクトを低減させる画像再構成関数を使って0.3mm厚の画像を作成。それでもX線の吸収差は厳しいものがありました。その後に3D処理をかけてから3断面表示で観察してみると、ボタンの裏側は大きな四角い空洞になっている事が判明しました。


ノブに対しての3断面表示


ボタンに対しての3断面表示

調査の結果、このボタンは押し込んだ際にノブ側の凹みを余すことなく利用する設計になっており、内部にはバネを仕込む為のスペースがありません。単純にボタン裏のスペースにバネを入れるとバネが倒れる可能性がありますし、前回のようにボタンの突起を使ってバネを固定しようとする場合には、ノブ側に凹みを作る必要があるために再びウッドを割る危険性が出てきます。

一見良さそうな場所にバネを仕込むと、バネが縮みきってもバネ自体が邪魔でボタンをいちばん奥まで押す事が出来ずにシフト操作が出来なくなります。その為には、バネが縮みきった分の高さを凹みの中に完全に格納する必要がありますので、必然的にバネを仕込む場所が限られて来ます。

また、D→Nのようなボタンを押さなくてもシフト出来る場所では「ガチャン・ガチャン」と金属的な音が鳴る事が分かりました。BMWはこの音を嫌ってビート板のような材質で金属製のバネ代わりにしたのかもしれません。いずれにせよ、ボタンを外さずに内部を細工しなければならない壁が立ちはだかります。んー、困ったもんです。

かなり悩みましたが、意を決してRSGGさんに頂いた程度極上の純正シフトノブに金属製のバネを仕込む改造をする事にしました。もう失敗は許されないのでノブに衝撃を与えるような工法は避けなければなりません。

非破壊検査の結果では、ボタン裏のスペースは約10mmの幅である事が分かりましたので、似たサイズのバネを入手しました。


入手した金属製のバネ

バネの直径は11.5mmとの事なので、このままではサイズが少し大きいためボタンに嵌る部分をバイスで潰して楕円にします。これによりボタン裏にしっかり嵌り込む事とバネが回転するのを防ぐ事の両方の効果が期待できます。


加工後のバネ

無駄な傷を防ぐために、養生テープでノブ全体をコーティングしたら施工開始です。RSGGさんが仰る通り、ボタンはスカスカでともパパ号のそれと同じでした。内部のクッション材は横倒しになってボタン裏のスペースに完全に嵌り込んでいます。傷付きに注意しながら精密ドライバーでクッション材をほじくり出します。


ノブの養生とクッション材の取り出し

中が綺麗になったらバネを挿入します。ボタンとノブとの隙間からは普通には入らないので、バネのネジネジを利用して回転させながらバネをボタン裏の空間に入れます。


バネの挿入

中に入ったバネを縦に起こしますが、狭い隙間からの操作が大変です。うまくボタン裏のスペースにバネの潰した部分を嵌め込んだら、ノブ側の座面部分を安定させます。本当に手が3本も4本も必要な作業です。


バネの位置調整

バネがうまくボタン裏に固定できたので、プルロッドを引き上げるピンをボタンに戻します。このピンがボタン最大開度のストッパーとなり、バネの自由長よりも少し縮んだ状態がボタンのホームポジションとなるために、中でバネが遊ぶ事もなくしっかり入りました。ボタンを押した状態でもボタン裏のスペースにバネが完全に入り込める余裕があるので、ボタンの底付きもありません。バネの反発力もちょうど良く、シフト時の金属的な音も無くて純正そのものの仕上がりです。ノブとボタンは無加工でいけたのも良かった点です。ヒビや傷を一切つけずにテッカテカのノブが復活しました。


金属製のバネ挿入に成功したシフトノブ

少々コツが必要な作業でしたが、今や貴重となった純正品のノブにも金属製のバネを入れる事ができました。最後に純正のシフトノブをお譲り下さったBonbyさんとRSGGさんにこの場をお借りして心から御礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。


シフトノブやボタンを無加工でバネを取り付けられるとは驚いた。さすがに、CTで内部を3Dスキャンしただけのことはある。っていうか、何やってんだよ(笑)。でも、まぁ、純正T型シフトノブが好き、っていう人には有用な情報だろう。

末尾ではあるが、いつも有用なレポートをいただいく ともパパさんに感謝する。



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